理事長あいさつ

                            一般社団法人 日本人間健康栄養協会 理 事 長 佐 々 木 敏

 これまで理事と講師としてこの協会の設立時よりお世話になってまいりましたが、このたび4月より理事長を拝命いたしました。よろしくお願いいたします。これを期に、人間、健康、栄養という3つのキーワードについて再び考えてみました。健康も栄養も非常に広く複雑なものです。そしてとてもたいせつなものです。人間の生命を支える根幹です。したがって、健康と栄養にいいかげんな情報(例:・・と言われています)が混入してしまってはなりません。ところが、現実はその反対のようです。薬や手術には最先端の科学や技術が投入され、高度な情報管理が行われています。たとえば、MR(Medical Representative、医療情報担当者)は厳選された研究論文に基づいた薬剤情報を医療従事者に伝えます。ところが、管理栄養士が「・・と言われています」とか「〇〇先生によると・・」と書いた文章を何度も見たことがあります。それ以上にぼくが驚いたのは、その行為を悪いことだとその本人が認識していないことでした。そこで、「なぜそうなるのか?」について考えてみました。2つの例で考えてみます。ひとつめはことば、2つめは数値です。
「塩分」ということばには本来「食塩」という意味はありません。「ナトリウム」を意味することばでもありません。「分(ぶん)」には特に意味はなく、元は「塩(えん)」のはずです。「塩(えん)」とは「酸と塩基が化学反応(中和反応)を起こしてできた中和物」です。そして、食品に含まれる塩で圧倒的に多いのが塩化ナトリウムです。そのため、塩化ナトリウムを塩分と呼ぶのは理にかなっています。世の中には無数のことばがあり、世の中の仕組みは複雑です。ですから、すべてについて、厳密に考え、厳密に理解し、厳密にことばを使うのはむずかしく、むしろ無駄です。けれども、その領域の専門家(たとえば管理栄養士)が「塩分とは塩化ナトリウムのことだ」と理解してしまったらいけないでしょう。たとえば、苦汁(にがり)の主成分は塩化マグネシウムで、これも中和物で、塩です。また、ビタミンB1の化学名はチアミン硝酸塩またはチアミン塩酸塩で、これも塩です。
 次はエネルギーについてです。日本食品標準成分表2020年版(八訂)では2015年版(七訂)に比べてエネルギー含有量が下がった食品がかなりあります。すると、食事量を増やさないと従来と同じエネルギー量を摂取できないことになります。はたしてそうでしょうか? 食品に含まれるエネルギーがそんなにたくさん急に変わるはずがありません。測定方法が変わったために値が変わっただけです。つまり、本当のエネルギー含有量は変わっておらず、そしてそれをいまだにだれも知らないのです。一方、推定エネルギー必要量が決められた経緯をたどっていくと、人のエネルギー必要量を測った研究に行きつきます。この過程で食品成分表は使われていません。このように考えると、そもそも、推定エネルギー必要量に見合うエネルギー量を食べよう(食べさせよう)と考えること自体に疑問がわくはずです。両者が大きく異なるとは考えにくいですが、両者がぴたりと一致するとも考えにくいからです。だからその必要はないのではないかと考えるはずです。そのときに頭に浮かべるべき疑問は「そもそもエネルギー必要量とは何か?」です。このように考えてくると、数値をうまく使うためには(数値よりも)数値の由来を正しく知ることだとわかります。その前に、そもそもエネルギーとカロリーの違いを理解していないといけませんが・・。
 以上、塩分とエネルギーを例として、栄養学の基本をきちんと理解することのたいせつさを今一度確認させていただきました。この協会では、流行りのことばやうわべの数値をたくさん知っている人ではなく、ことばや数値の由来をきちんと知っていて、科学的かつ臨機応変に業務ができる専門職の育成をめざしたいと考えています。また、このような専門職を支えるべく、そのための科学を進めるための活動、具体的には、信頼度の高い栄養疫学研究への協力もさらに進めたいと考えています。これは、管理栄養士など専門職のためだけでなく、その恩恵を受けるはずの国民のためでもあると、私は考えています。よろしくお願いいたします。